「えちご・くびき野100kmマラソン」完走記 
                                中野 淳一
ゴールゲートの先で大会スタッフが笑顔で迎えてくれた。「完走おめでとうございます」「ありがとうございます」と握手をする。さらに進むと別のスタッフが「よく完走してくれました。ありがとう」と手を差し出してきた。大勢のボランティアの中学生も一緒に拍手をしている。急に胸の底からこみ上げてくるものを感じ少しウルッとしてしまった。「みなさんのおかげです。お世話になりました」と何度も手を握り返していた。

10月8日(金)朝9時頃に上越市へ向けて家を出た。昼頃に出ても良かったのだが、家で何もすることが無く時間を持て余し気味だったので早めに出発した。金津ICから、すぐ北陸道に乗り、安全運転でゆっくり走ったつもりが12時過ぎには上越ICに着いてしまった。ICを出て受付会場のリージョンプラザ上越に向かう。受付会場の入り口には既に大きなスタート用ゲートが設置してあり、スタッフが準備に追われて忙しく走り回っていた。受付に来た他のランナーの姿もチラホラ見える。いよいよ明日走るのだなと実感し、ブルブル武者震い。

大型の台風22号が迫っていて明日の夜9時頃にこのあたりを通過する可能性があるらしい。天候次第では明日の大会の開催が危うい。明朝3時に中止するかどうか決定すると張り紙に書いてあった。今年は台風の被害が相次いでおり、レース中に事故でもあったら大変と開催の可否判断に主催者はかなり悩んでいる様子。遠くから来た参加者の立場からは多少の悪天候でも開催して欲しいが、どうなるだろうか。

10月9日(土)朝2時起床。外はパラパラ細かい雨が降っていた。暗い空から落ちてくる雨粒を見ていると憂鬱な気分になってくる。風は全く無い状態なので大会が中止になることはなさそうだ。昨日、近くのスーパーで買っておいた弁当とアンパンを食べる。ゆっくりトイレを済ませ、身支度を整えて3時半頃に車で会場へ向かう。雨は相変わらず降っている。スタートまでに止んでくれるとありがたいのだが。

5時から出発式があり、申告タイム順に整列して主催者の挨拶を聞く。スタートゲート前へ誘導され待機する。誰か顔見知りがいないかとキョロキョロするが眼鏡を外してきたのと暗いのとで顔が良く見えない。そして、いよいよスタート10秒前のカウントダウン開始。10、9、8、・・・3、2、1「号砲」と同時にランナーが一斉に雨の中へ走り出した。

 今日の目標は10時間台での完走。9時間台が出れば文句はないが練習量とコースのタフさを考えると自信が無い。高低差300m、五つの峠を越えるコースは、平坦なサロマしか経験のない小生にとって何が起きるか分からないので安全運転で走ることにした。
 30キロまではだらだらとした上りはあったが余裕を持ってキロ6分を切るペースを維持できた。35キロ手前くらいから勾配が急になってきた。どうやら一つ目の峠が近づいてきたようだ。しかし、上っても上っても峠が見えない。隣を走る人に「まだでしょうかね?」と尋ねたが初参加で分からないと言う。やっとの思いで峠を上り切った。こんな峠が後に四つもあるのかと思うとぞっとしてしまう。40キロ過ぎにある二つ目の峠も喘ぎながらも何とか歩かずに登りきった。中間の50キロ地点を4時間56分で通過。徐々にペースがダウンしている。このまま行くとやはり9時間台は難しい。

 三つ目の峠を更に喘ぎながら越えた。歩いている人もいる。自分も楽になりたいと歩く寸前までいくが最後は変な意地が出て何とか踏み止まっている。このあたりから下りで足が痛くてスピードが出せなくなった。60キロ通過が6時間8分。この間の10キロはキロ7分までペースダウンしてしまった。10時間台を諦めてゆっくり走ろうかなという甘い誘惑を必死で消し去る。峠を越える度にボディブローのように足へのダメージが大きくなってくる。四つ目の峠もギリギリのところで気持ちを踏ん張り歩かずに上り切った。そして今度はやたらと長い下りが続く。下りで加速すると着地のショックが大きくなって足が痛い。ブレーキを掛けようと踏ん張るとまた足が痛い。どうすればいいんだと半ば自棄になって走る。70キロを7時間15分で通過した。

 ついに最後の峠を越えた。もう辛い峠はないと思うと一安心だが足腰はガタガタだ。腰から下が硬直して引き攣っているような感じがする。それにさっきからやたらと眠い。目を瞑ると走りながらウトウト眠ってしまいそうになる。危険信号なのだろうか?次のエイドに着いたら少しゆっくり休んでみようと思う。

 「今度、吉川町を通過するランナーはゼッケン1754番、福井県から参加の中野淳一さんです」という大きなアナウンスで目が醒めた。みんなが歓迎と応援の拍手をしている。少し照れながら78キロ過ぎにある吉川町役場のレストエイドにたどり着いた。

 固形物は喉を通りそうにないのでオレンジ、レモン、ポカリ、麦茶の水物と梅干を頂いた。ウィーダがあれば食べられるのだが、この大会ではどこにも置いてなかった。固くなった足腰をストレッチでほぐし、最後にもうひとつ梅干を頂いて出発した。

 80キロの標識を見落としてしまった。後で計算すると8時間32分程度で通過していた。この10キロは80分近くかかったことになり大幅なペースダウンだった。しかし、ついに残り20キロになった。100キロの大会では80キロから不思議と元気になる。20キロという数字に、とんでもないウルトラの世界から現実的な日常に戻ってきたという安心を感じるからかなと思う。少しペースがアップしてきた。残り10キロを通過。時間は9時間36分。このまま走れば目標の10時間台は大丈夫と確信できた。

残り1キロの標識を横目に見て更にペースアップする。前方でゴールへランナーを誘導しているボランティアの姿が見えてきた。誘導されて右折すると大きなゴールゲートが目に飛び込む。「次にゴールするのは福井県から参加の中野淳一さんです」とアナウンスの声が響く。ラストスパート、帽子を取って両手で万歳、思い切り笑顔でゴールした。

このウルトラマラソンは上越市とその周辺の5町6村をうねうねと縫うように走る。村の中や街の中で住民の応援と地域ボランティアのサポートがランナーを温かく激励してくれる。玄関の前にちょこんと座って手を振り続けるお婆ちゃんがいたり、家族揃って自宅の窓から手を振ってくれたり、峠への上り口でランナーが通る度に遊戯室の窓から一斉に「がんばってー」と声援する園児達がいたり。独りで苦しさの中にいるランナーにとって応援の声はありがたい。時には辛くて声や手で応える余裕が無くても心の中では「ありがとう」と呟いて手を上げた。人の温もりがとてもうれしい大会だった。福井から手軽に行けるウルトラとして2年後の次回大会も是非参加したい。

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