「2006 サロマ湖100Kウルトラマラソン粘走記」

                                      中野 淳一

この体調、今のペースでは80キロの関門に間に合わないかもしれない。無理して辛い思いをするよりリタイヤして、このまま、ここで寝ていたい。55キロのレストで木陰の芝生で眠りながら半分はその気に成りかけた。その時、5月の萩往還のゴール後に思わず口に出た、あの言葉を思い出した。「諦めずに走って良かった」

今年のサロマは関門時間と自分の通過予想時間を計算しながらの辛い走りを経験した。過去4回の大会で9時間台、10時間台、11時間台の完走を経験してきた。それなりに苦しかったが、関門時間と闘いながら走るのは今回が初めてだった。来年以降、何かの都合で参加できない年も考えられる。年齢的に体力も衰えてくる。最短でサロマンブルーを達成するには参加した大会は確実に完走したい。絶対にリタイヤはできない。少しでも可能性があるなら完走を目指すべきだ。「前へ進もう」 最後まで粘る決心をして、立ち上がり、後半戦へのだらだらした坂を歩き始めた。

早朝5時に湧別町総合体育館をスタート。今年も暑くなりそうな空模様の中で常呂町スポーツセンターのゴールを目指すサロマ湖100キロの長い闘いが始まった。例年に比べると走り込み量は少ない。体調も完璧ではなかった。ゆっくり、じっくり、サロマを楽しめる程度のペースで走り、後半にスタミナを温存する作戦で行くことにした。

5キロ付近の長い直線で、前方から反対側の歩道を逆走して来る人がいる。見覚えのある顔に「能勢さん」と声を掛ける。今回はポカリさんだけが出走し、能勢さんは応援に回っているとのこと。「頑張って下さい」と激励を受けて別れた。

最初の10キロは59分42秒とキロ6分で入った。早朝で気温も低く気持が良い。隣を走る池内さんとのお喋りも弾んでしまう。竜宮台への道で前方からポカリさんの姿が見えてきた。「ポカリさん」と声を掛けると一瞬驚きながらも手を出してくれた。ハイタッチをしてお互いの検討を祈る。

さっきからお腹の具合がおかしい。竜宮台手前で大事を取って早めにトイレへ行く。池内さんには先に行ってもらった。トイレには既に人が並んでいた。しばらく空くのを待っている内に、何故かお腹の具合が治まってしまう。待つ時間が勿体無い。トイレは先にもあるので進むことにした。竜宮台折り返しを過ぎて少し走ると、前方に池内さんの姿が見えてきた。急にペースを上げないように少しずつ距離を縮めて20キロのエイドで追いついた。この10キロもキロ6分のペースで走っている。

30キロへ向かう長い直線道路に出ると、追い風になっているのか体には無風に感じ、陽射しも強く汗がタラタラ落ちてきた。30キロ通過はちょうど3時間。この10キロもピッタリとキロ6分のペースで刻んだ。足が少し重く感じる。腰が痛い。胃の調子が悪い。悪いことだらけだ。各エイドでも食欲が無く水分だけを補給している。良くない状態だなと不安を感じ、無理にペースを上げないように意識した。

40キロ通過は4時間2分。少しペースが落ち始めている。50キロ地点は5時間14分。キロ7分台までペースが落ちてきた。足が重いのと、胃のむかつきを覚える。さっきのエイドで梅干を食べた時に思わず吐きそうになった。その後も何度も吐き気に襲われ、立ち止まっていた。遠くに見慣れた茶色い建物(旧緑館)が見える。昨日のバスに乗り合わせた人の話を思い出した。「昨年はここから歩いてしまい、結局55キロでリタイヤした。時間的には余裕があったけど先へ行く気力がなかったよ」聞きながら自分には有り得ないことと心の中で笑っていた。まさか同じ状況になろうとは・・・。55キロのレストに着いたら芝の上でごろんと寝転びたい。今日はリタイヤしても良いじゃないかと自分に許しを乞う回数が増えてきた。

 

そろそろ走らないと関門閉鎖に間に合わなくなるのでは? 不安を感じながら60キロ手前を歩いていると後から来た人が腕を見せながら教えてくれた。「15時までに80キロを通過すれば何とかなる。ここからキロ8分で間に合う。大丈夫だよ」その人の腕には黒いマジックで各関門の通過時間がしっかりと書き込んであった。周りの人達も速くはないが着実に、そして黙々と前へ進んでいる。歩いたり走ったりを繰り返しながらも関門通過時間を計算しながら闘っている。ここにはまだ諦めている人は誰もいないように感じた。むしろ自信を持って自分のペースを刻んでいるようにさえ見える。みんなについていけば何とかなるかもしれない。勇気のようなものが湧いてきた。

70キロの関門を8時間18分で通過した。歩くことが多くなったのでペースはキロ8分弱に落ちている。計算では80キロまでの10キロを1時間42分で行けば良い。普通なら安全圏だが、今日の状態では安心できない。前の人に必死について行く。歩きたいのをもう少しもう少しと我慢して、鶴雅リゾートに辿り着いた。胃は相変らず不調だったが、お汁粉だけは美味しく食べることができた。

14時前に鶴雅リゾートを出発し、ワッカ入り口を目指す。この時点ではワッカに入るのをまだ躊躇する気持があった。ワッカの折り返しまで走り、戻って来る20キロの辛さを考えてしまうのだ。ワッカ入り口のエイドでは黒砂糖を二つもらい水で流し込んだ。高校生の元気な声の応援。「頑張って下さい」と言われてはやめる訳にはいかない。目標とする80キロの関門はもう少し。時間的には余裕がある。行けるところまで行こうと開き直ってワッカに入った。

80キロ通過は9時間45分。関門閉鎖15時の15分前だった。90キロにも関門時間がある。ペースはキロ8分半まで落ちているが最悪キロ9分台になっても間に合うだろう。前後を走る人達の雰囲気からも安全圏に入ったように思えた。それに涼しくなってきたため体も動くようになっている。気持に余裕が出てきた。

折り返し点を回り、90キロ地点を11時間04分で通過。ペースもキロ8分弱まで持ち直して来た。もう大丈夫だ。よく粘ったものだと胸が少し熱くなる。残り5キロを過ぎて先行していた福井の藤井さん達の姿が見えてきた。追いついて一緒に歩きながら少し話をする。昨年は熱中症のためにリタイヤしたらしいが今日は大丈夫そう。かなり疲れているようだが残り全部を歩いても完走できるはずだ。「頑張りましょう」と声を掛けて先へ走り出した。足に少し余裕が出てきたのでペースを上げる。最後の坂を上り切り振り返ると西に傾いた陽がサロマの湖面に反射して美しい。「また来年」と胸の中で呟いてワッカの森の中へ入った。

ワッカの森を抜け、坂を駆け下りると残りは2キロと少し。後は足を労わりながらゴールを目指すだけ。スタートして既に12時間が過ぎていた。サロマには色々な走り模様があるのが分かった。12時間には12時間の走りがある。体力とスピードで走り抜けるのもサロマだし、遅くても粘りで黙々と走り通すのもサロマだ。奥の深さを感じる。そして、それがサロマの魅力なのかも知れない。

今年のサロマは12時間13分59秒でフィニッシュした。自分流に言えば、サロマンハーフブルーの達成だ。積み重ねることの大切さを思う。そう言えば最近どうもサロマを嘗めている。初心に帰ろう。初参加の時の期待と緊張感を思い出して練習だ。新たな5回を積み重ねなくては。



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