「2009萩往還マラニック250キロ完踏記」

                                      中野 淳一
                                         昨年は足首捻挫の後遺症で、千畳敷(125キロ)でリタイヤ。その無念さを晴らすため今年は絶対にゴールすると1月から気合いを入れて練習してきた。しかし、調子は上がらず、3月の足羽川ハーフでも、4月の加賀健勝フルマラソンでも制限時間を気にしながら後方を走る惨めな結果。おまけに直前の血液検査では貧血ですよと言われる始末。不安の中で「昨年の足首の状態でも半分行けた。今年はきっと完踏できる」そう自分に言い聞かせて5月2日の朝、福井から電車で山口へ向かった。

今年も新緑に国宝の五重塔が映えていた。出発までの時間を写真撮影と仲間とのおしゃべりで過ごす。そして午後6時過ぎの第二ウェーブでスタート。「行ってらっしゃい。帰って来いよ」の声援を受け、250キロの長い旅が始まった。上郷エイドまでの川沿いの道を今日の調子をチェックしながら走る。少し速いなと思いながらも一人置いていかれるのが嫌で、そのまま周りの流れに合わせた。途中、ふきこさんと何度か前後する。いつも通りの堅実な走りに見えた。小生の調子は今一と云うより悪い。湯の口あたりで早くも足が重くなってきた。

門村の三叉路を左折して、ふきこさんがいるのが分かった。目の上を気にしている。枝が当たって切ったみたいと言う。近づいてよく見ると目と眉毛の間に横一直線に赤い血がにじんでいた。「大丈夫ですよ」と言ったが安心してもらえたかどうか?僅かでも下にずれていたら眼球直撃だったはず。神様はいるようだ。西寺エイド(44キロ)では太ももが固まって足が動かなくなってきた。それに胃をやられたのか食欲が無い。まだ序盤戦なのにどうなることかと不安になってくる。

最初のチェックポイントの豊田湖(58.7キロ)に3日午前1時半頃に着いた。食欲は無かったが食べないと持たないと思い、うどんを口に押し込む。しかし、エイドを出てすぐに吐き気に襲われ、さっきのうどんを全部戻してしまった。それでも何とかなるさと前へ進む。俵山温泉エイド(67.1キロ)で小休止した後、砂利ケ峠を越えて、その先の日本海を目指す。峠から大坊ダムへの下りで睡魔に襲われ蛇行を始める。目をつぶると走りながら眠りに入って行きそう。どうしても我慢できずダムの管理事務所の芝生の上で仮眠。新聞配達の車の音で目が覚めるまでの10分程の睡眠だったが、頭はすっきり。ダムからは適度な下り勾配に足を任せてペースが上がった。平地に出るとやはり足が重くなる。新大坊エイド(79.9キロ)までは少し歩きを入れて進んだ。

油谷大橋からは小さいアップダウンの繰り返しが続く。足も疲れ厭になってきた。海湧食堂はまだかよ〜と我慢が切れそうになる頃にやっと前方に見えてきた。3日朝7時頃に海湧食堂(86.7キロ)に到着。中に入ると、ふきこさんと竹上さんの顔が見えた。食事が済んで、そろそろ出発の様子。お粥定食を食べたが、やはり胃が本調子でなく少し残してしまった。奥の和室で仮眠している人がいる。小生もしばらく寝たいと思ったが場所が無さそう。外に出て寝られそうな場所を探すが見つからない。1キロ程歩いたがやはり眠くて駄目だ。道端に丁度いい草むらがあった。思い切って寝ころび5分程の仮眠をした。

俵島チェックポイント(98.8キロ)へは右回りにした。則国三叉路を右に進むと急な上りになってくる。フーフー言いながら歩いていると畑仕事のお婆さんから「大変だね〜」と言われる。何かほっとした気分で朝の挨拶を交わして先へ進む。小生の前をどんな急坂も歩かずに走り続けている女性がいた。「強いですね」と言うと「アキレス腱を痛めていて走る方が痛くない。痛くて歩けない。辛いですよ」と言われた。いつでも歩ける自分は幸せ。すぐに歩きに逃げずに、できるだけ走ろうと思った。チェックポイントに着き、パンチを入れてすぐに出発。反対方向から下りてくる人が多い。そのまま左回りに進むなら許せるが、引き返す人がほとんどだ。近道したい気持ちが小生には分からない。少しくらい短縮できても意味のないこと。地図通りの道を踏破することに、この大会の意味があると思うのだが。

川尻岬の沖田食堂(107.2キロ)で食欲増進のためにビールを飲んだ。それでもカレーを半分残してしまう。食堂を出てしばらくして竹上さんが追いついてきた。立石観音までの道中を一緒に歩いたり走ったり。ウルトラノウハウをいろいろと伝授してもらった。立石観音(117.1キロ)で4つ目のチェックを済ませた後、自販機でコーラを買おうとしたが無かった。代わりに何を買おうかと迷っているうちに竹上さんに先に行かれてしまった。いよいよ千畳敷への辛くて長い上りが始まる。竹上さんと一緒だと助かると思っていたのだが。

何も食べられずコーラだけでエネルギー補給している状態では足に力が入らない。何度も立ち止まり休憩し、ふらふら状態で千畳敷(124.7キロ)に着いた。ここのソフトクリームはおいしい。栄養補給のために良いと思い買って食べた。眠かったので5分程芝に寝ころぶ。しかし、仮眠後もペースは上がらず千畳敷からの急な坂を歩くようにゆっくり下る。下りの途中で急に吐き気があった。トイレらしき建物が見えたので慌てて駆け込む。トイレの中に、さっきのアイスクリームの甘い香りが充満した。その後も、また5分程の仮眠を取り、歩き半分、走り半分で午後5時頃に仙崎公園(142.6キロ)に辿り着いた。鯨墓から戻って来た人が余裕で休んでいる。うらやましい。

小休止の後、行くしか無いと意を決し鯨墓までの往復(約20キロ)に向かう。急で長い上り坂が続く。体が重く眠くなってきて、横になれる場所を探しながら歩いた。歩道脇に安眠できそうな場所がみつかり横になる。コンクリートの温もりが気持ちいい。10分後のアラームをセットし「おやすみなさい・・・」目が覚めるとびっくりするほど足が軽かった。静ヶ浦ではコーラを買い足しただけでエイドには寄らなかった。一気に走り通して鯨墓に到着し、チェックを済ませる。復路も足は軽かったが、食欲の方は依然無かったので静ケ浦エイドをパスした。お陰で予定より早い時間に仙崎に戻ることができた。3日の午後9時前だったと思う。ここから宗頭(175.2キロ)まで約13キロ。午後11時頃に着けば長めの仮眠ができると少しだけ気持ちに余裕が出てきた。

宗頭には3日午後11時過ぎに到着。隣の酒屋さんでビールを買い、体育館で荷物を受け取り、休憩所に入る。汁物とお握りパックがあった。お握りは見るだけで拒否反応を示した。ビールを飲み、お汁を飲む。お握りはリュックの中に。食事に出てきた竹上さんと少し話をした。0時に出発するらしい。食事の後すぐに風呂に入り、心身のリフレッシュ。新しい下着とウエアに着替えて二階の仮眠室へ上がった。出発を4日の午前0時半と決め、30分の仮眠をとることにする。柔らかい布団と毛布が実にありがたかった。

もう少し寝ていたかったが、予定通りに出発することにした。スタッフにゼッケンを見せ、出発を告げる。道に迷うと困るので一緒に行ってくれと男の人に頼まれた。一人マイペースで行きたい気もしたが、宗頭から萩までの夜道は何か出そうで怖い。二人で話をしながら萩までの山道を行くことにした。宗頭から国道に出るまで、ずっと歩き通しだった。鎖峠を過ぎた下りから走ろうとしたが衝撃が大きく膝が痛む。一緒の人も走りたくなさそうだったので歩くことにした。三見駅を過ぎて、細い山道を抜けると海に出た。海岸沿いの道で前に点滅する三つの赤い灯。最初は固定式の標識灯かと思ったが、よく見るとゆっくり前へ進んでいる。ふきこさん、うっきゃんさん、竹上さんの三人だった。ふらふらと歩いている様は幽霊のよう。眠くてどうしようもないようだ。ここからはみんな並んでふらふら歩き、玉江駅(194.3キロ)に着いたのは4日午前4時頃。着くとすぐに三人とも椅子に座って眠ってしまった。

この時間で、ここまで来れば一安心。残り56キロを歩き中心でもゴールが見えて来る。みんなの寝顔を横目に玉江駅を出た。少しずつ空が明るくなり山の緑と海の色が見えてきた。早朝は気持ちが清々しく元気になる。Bゼッケンも加わり急に賑やかになった。虎ケ崎(206.3キロ)でもカレーを食べたが、やはり半分しか食べられない。虎が崎から最後のチェックポイント東光寺(214.6キロ)までは緩い下りのお陰もあってほとんど走った。最後のチェックを入れてカードを大切にリュックに仕舞う。後はゴール目指してひたすら進むだけ。

東光寺から瑠璃光寺までの約35キロは最後のあがきが待っている。明木市から一升谷の長くて単調で辛い上り坂、最後の板堂峠までの急な上りの国道。そして、痛めた足には過酷な板堂峠からの山道の下り、石畳の坂。最後の石畳を降りてアスファルトの上に立つとホットする。残り約3.5キロでゴールが待っている。時間はあるので無理することはない。ゆっくりと、ほとんど歩くように走る。少し雨が落ちてきた。歩きが走りに変わる。ゴール前500メートルからは自然とペースが上がってくる。最後の直線道で沿道から声援が飛ぶ。門を入り左折するとゴールテープが待っていた。昨年の無念を晴らすゴール。くーさん、タラさん、ダブルさんが笑顔で迎えてくれた。うれしい。時刻は5月4日の午後4時前だった。

3月に中国長春への駐在を伝えられた。この大会への参加をやめようかと気持が揺れた。しかし、長春へ行ったら数年は参加できない。帰国するまで体力が維持できる自信は無い。昨年の借りを残したまま終わりたくなかった。今年は必ず完踏すると決めてスタート。胃をやられて何度も吐いてしまった。眠気に耐えられずに何度も仮眠をとった。なりふり構わずに意地でもぎ取った価値ある完踏だと思う。


       
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