「2007 萩往還マラニック250km」完踏記

                                      中野 淳一
                               
5月2日午後6時前の瑠璃光寺庭園。絶好のマラニック日和となり、出発を待つ人の顔
から笑みがこぼれている。萩での再会を喜び、握手を交わす人。気の合った仲間と記
念写真を撮っている人。これから250キロの長くて辛い旅が始まろうとしているの
に、みんなの顔は何故か楽しそう。自分は初めての萩250キロ挑戦に対する少しの緊
張と未知の経験に対する大きな期待で胸を膨らませていた。

昨年の140キロでは帰りの往還道で睡魔に襲われ、佐々並ではリタイヤ寸前だった。
何とか踏みとどまってぎりぎり完踏できたが、250キロでは何が起きるか分からない
し、そう甘くはないだろう。1月から4月の4ヶ月間の走りこみ距離は130キロ、200キ
ロ、310キロ、230キロと昨年よりは多かったが、萩の250キロに対して自信が持てる
レベルではなかった。唯一自信になっていたのは3月の淡路島一周の経験。もう駄目
だと思うような苦しさ、辛さも少しペースを落として我慢していれば必ず調子が上向
く時が来る。駄目だと思っても諦めないこと。足で進むよりも気持で進む。そう信じ
て萩250キロを粘走しようと考えていた。河島英五さんの唄にもあるようにどんな時
も「心を斜め15度に傾けて」必ず瑠璃光寺へ帰って来ようと思っていた。

ひろっさん、ふきこさん、北村さん、くーさん、やまさん、こがみちゃんと同じ場所
に並びスタートを待つ。今回、いの組一番の目標は北村さんと伴走のひろっさん、そ
して2人をサポートするふきこさんの3人が揃って完踏のテープを切ること。是非そ
うなって欲しいと願う。また、初めて250キロを走る自分が確実に完踏するには3人
につかず離れずついて行くのが最善と思っていた。

午後6時10分の第4ウェーブで出発。エイエイオーの掛け声も勇ましく、いよいよ250
キロの長い旅が始まった。山口駅前を通り過ぎ、宮島町の歩道橋を渡り、川沿いの道
を走る。夕方の散歩をする人やジョギングをする人がいる。毎年のことで慣れてし
まったのか異様な走る集団を見ても誰も驚く様子がない。調子は今のところ悪くは無
いが、ペースは控え目にして、北村さんたちの後ろにピッタリとくっつく。250キロ
のペース配分が分からないし、道も不案内。自力で行けると判断できるまでは、みん
なと一緒が安心だった。

上郷駅前のエイドに到着した頃にはすっかり日が暮れて真っ暗だった。ヘッドランプ
を装着し懐中電灯を手に持ってエイドを出る。ここからは徐々に上り勾配になって来
た。自転車道に入り、更に上り続ける。まだ足は元気である。下を流れる川や林の
木々を懐中電灯で照らして遊ぶ余裕もあった。

湯の口のエイドに到着。まだハーフの距離で先は遠い。お腹が空いていたので、おに
ぎりとつけものを一緒に口に押し込む。ふと見上げると今日は満月。きれいなお月さ
まが出ていた。その後は下郷駐輪場、秋吉、門村を経て西寺エイドまで、ゆっくりと
したペースで進む。蛙の鳴き声と点々と前に続く赤い蛍の灯は印象に残っているが、
どんな道を通ったか覚えていない。来年以降のことを考えると地図をしっかり見て確
認しながら走れば良かったと後悔している。

西寺エイド着は5月3日零時だった。いの組のメンバーも次々に到着し、全員が揃っ
た。今のところ各人のペース差はエイドで吸収されてしまうようだ。淡路島一周の時
と同じだなと思い、このまま全員揃って瑠璃光寺にゴールできたら最高なのにと思っ
た。エイドの隣にあるコンビニで、一口大のイチゴジャムパンの5個入を一袋買い、
お腹が空いたらいつでも食べられるようにリュックの網ポケットに押し込んだ。

豊田湖の山本ボート着は2時頃。57キロを約8時間だからキロ7分強のペースになる。
このままイーブンで走れば36時間切りで完踏である。しかし、そう簡単に行かないの
が萩なのだろう。食券を渡して、うどんとおにぎりを奥のテーブルで食べていると北
村さんたち、そしてやまさんが着いた。胃の具合を心配して胃薬を一錠飲んでおく。
食堂の外へ出るとくーさんがやってきた。マイペースを守り、昔走った萩を思い出
し、懐かしみながら走っているようにさえ見える。

食堂を出てからは、再び北村さんたちのお尻にくっついて走る。少し前までは行列の
ようにたくさん並んで走っていた人が疎らになってきた。独りになって道に迷ったら
大変なのでこのまま3人について行こうと思っていたら、急にお腹がグルグル鳴って
きた。慌てて、走るのを止めてキョロキョロ。そして、道路脇の草むらへ入り間一髪
セーフ。危ない危ない。用を済ませて軽くなったせいか、足が自然に動いてしまう。
北村さんたちに追いつき、また一緒に走る。4時前に俵山温泉に到着する。きれいな
トイレがあったので念のために入ったが大丈夫だった。お茶とお菓子を頂いて温泉街
のエイドを出た。

砂利ケ峠が近づくにつれ勾配が急になってきた。走れなくなったら無理をしないで積
極的に歩いた。峠を過ぎると当たり前だが下りになる。足に無理な負担が掛からない
ように注意してゆっくりと走る。空が徐々に白み始め、下りきった辺りで完全に夜が
明けランプを消した。いつの間にか、くーさんが追いついていたのでびっくりする。
大坊エイドに5時頃に着く。温かいお汁が待っていた。塩分補給のため、汁だけお代
わりして飲む。だしが効いていて美味しかった。大坊を出ると次の目標は海湧食堂。
明るくなり道に迷うこともないと思い、北村さんたちの少し先を走った。

海湧食堂に7時過ぎに到着。食堂に入ると入れ替わりで席が空き、お粥定食を頼ん
だ。前の席によく冷えた生ビールのジョッキが置かれた。自分も一杯と思ったが、飲
んだ後で走る自信が無いのでぐっと我慢した。しばらくして、北村さんたち3人とや
まさん、くーさんが到着し、いの組揃っての朝食となる。みんなの調子はどうなの
か?北村さんの調子が直前にひいた風邪のせいで今一良くないようだ。食事を済ませ
た後、洗面所で顔を洗いサッパリする。

海湧食堂から出て、しばらく歩いていると後ろからふきこさんが追いついてきた。一
緒に走ったり、歩いたりを繰り返す。上り坂を前にするとどうしても走る気が萎えて
歩いてしまう。気持の問題が大きい。遥か遠くに浮かぶ島が俵島だろうか?遠いな
あー。やがて、追いついてきた北村さんとひろっさん、そして、やまさんとくーさ
ん。

ひろっさんが道路脇の土手に目をキョロキョロ。あっ、これこれと立ち止まって何か
を摘んできた。手の中にあったのは野イチゴだった。うまいよと言いながら、北村さ
んにもお勧め。まだまだ余裕のひろっさんに見えた。自分の調子はここに来て少し下
降気味。俵島の上り道が辛くなってきた。それにさっきから眠気も出てきて心配だ。

まだか、まだかと心の中で呟きながら俵島のチェックポイントを目指す。やっと着い
たチェックポイントには小母さんが簡単なエイドを用意して待っていてくれた。記念
すべき250キロの初パンチを慎重に済ませ、お菓子を頂き、水を飲む。チェックポイ
ントを過ぎてから本格的に眠くなってきた。歩きながら眠っているのか?夢の中と現
実を行ったり来たり。ハッと目を覚ますと道の端を歩いていてびっくり。思いきって
少し仮眠しようかと迷ったが、この先の自動販売機でコーラを飲んで様子を見ようと
思い、我慢した。

大浦の道端にあった自販機で待望のコーラを買う。歩きながらごくっ、ごくっと喉を
鳴らしながら飲んだ。眠気は少し無くなったようだ。歩くと再び眠気が戻って来そう
な気がする。逆療法でペースを上げてみようかなと考えていたら、「このままだと時
間的に完踏が難しくなりそうだからどんどん先へ行って下さいね」とふきこさんから
のアドバイス。「行ってみるかあ」と走り出す。先行していたくーさんを追い抜き、
農協到着。スーパーに入りアイス(抹茶フロート)を買った。腰掛けて食べていると
北村さんたちも到着した。ひろっさんと北村さんはビールを買っていた。よく冷えて
美味そうだった。

農協を出て川尻岬を目指す。三叉路で迷っていたら後から来た人にこっちだよと言わ
れ一緒に走る。聞くと何回も250キロを完踏しているベテランランナー。序盤では胃
をやられて吐き気で苦しみ、何も食べられなかったらしい。それでも諦めずに粘って
いたら、奇跡的に回復したとのこと。何があっても最後まで諦めないこと。そうすれ
ば奇跡もあるんだと思った。川尻岬への分岐手前でくーさんに追いつく。くーさんも
農協でアイスを買ったが、歩きながら食べられるものにしたらしい。速くはないけど
時間の無駄を省きながらマイペースで走り続けるくーさん走法には学ぶべきことが多
い。自分には無駄な時間が多すぎると反省する。川尻岬の沖田食堂で2つ目のパンチ
を入れた後で食堂のカレーを食べる。これは昼飯になるのかな?今のところ胃の調子
は悪くない。食欲もあり美味しく食べられた。

食堂を出て、少し前に出たくーさんに追いつき急な坂道を一緒に歩く。上りが終った
ところからは先に行かせてもらった。畑峠から左へ折れて急な下り坂になってきた。
神社横を過ぎて海が見える辺りからは一段と急な下りになり足裏や膝が悲鳴を上げ
た。川尻漁港まで下り海岸線を走る。景色の良い海岸線だ。海の水も透き通ってい
る。シーブリーズで小休憩。ここではコーラを頼んだ。外のテラスで椅子に座り、海
を眺めながらコーラを飲む。長椅子で寝ている人がいた。ビールを飲んで1時間ほど
ゆっくりするとのこと。自分にはとてもそんな余裕は無かった。

そろそろ出かけようとしていたところに、北村さんたちが着いた。元気な声で調子が
良くなってきたと言っていた。ビールが効いたのかな?続いて到着したくーさんと入
れ替わりにシーブリーズを出発。ここからは完全に自分のペースになった。急な上り
は早歩きで、それ以外は走ることを繰り返した。立石観音には13時に到着し、3つ目
のパンチ。ここから千畳敷までは上りが続くらしい。頑張らねばと覚悟する。

とても走れる坂ではなかった。千畳敷までの長い坂道には本当にうんざりしてしまっ
た。津黄峠で終わりかと思ったら、甘かった。腹が立つくらいに延々と続く上り坂。
どうにでもなれと開き直った頃に千畳敷の頂上が見えてきた。駐車場の自販機でコー
ラを買って飲み干す。水が無くなりかけていたのでペットボトルを一本買い足す。14
時30分に千畳敷到着。4つ目のパンチを済ませ、ここまで頑張ったご褒美にソフトク
リームを買う。坂道を下りながらソフトクリームを舐める。何て美味しいんだろう。

コーラとソフトクリームで冷えたのか、お腹がグルグルしてきた。危ないかなと思っ
たが何とか西坂本のエイドに到着。15時過ぎだった。200番台前半の通過と聞き、余
り早くないんだなと複雑な心境。トイレは無いのかなとキョロキョロするが分からな
い。お腹の具合は良くなったように感じたので特に尋ねることもしなかった。少し、
恥ずかしかったが女の子達に中野さんエールをやってもらい元気に出発。

やはりお腹の調子が悪かった。どこかトイレは無いかとキョロキョロ。こうなれば道
端でと思ったがまだ明るい。どこでもと言う訳にはいかない。道路から50メートル程
入ったところに川が流れていて茂みになっている。幸い前後に人もいない。畦道を小
走りに茂みの中へ駆け込み、用を済ませる。その後は下腹がスッキリして足も軽く、
快調に走る。黄波戸漁港から海沿いを走り、境川で左折し191号線に入った。

単調な直線に疲れた頃に白潟東のT字路を左折し仙崎公園に到着。17時25分だった。
これから鯨墓まで往復約20キロである。アップダウンもきついらしい。少し休んでか
らにしようと椅子に腰掛けていたら、「中野さん」と声を掛けられた。顔を上げると
淡路で一緒だった奥村さんだった。足を痛めたらしく、ずっと歩いてここまで辿り付
いたようだ。この後もこのペースでは完踏は無理なのでここでリタイヤを決めるとの
こと。無念そうな顔に返す言葉が見つからなかった。

仙崎公園を出てすぐに青海大橋への上り。対岸までずっと上っているように見える。
無理せずに海を眺めながら歩いた。下りはゆっくり走り、上りは積極的な歩きを繰り
返してキャンプ場に着いた。白線に従って食事場所の方へ行きかけたが、帰りでもい
いかなと思い道路へ戻るため駐車場を歩いていたら、佐田さんにバッタリ会った。こ
がみちゃんはと聞くとあそこと指差す。薄暗くなった駐車場の隅に眠そうに立ってい
るこがみちゃんの姿があった。がんばろうなと声を掛けて出発する。

途中で鯨墓から戻る竹上さんと松田さんに出会う。今年の竹上さんはかなり気合が
入っている。余裕の顔で走って行った。鯨墓は遠かった。あそこかな?ここかな?と
何度も騙されながら鯨墓に到着した。5つ目のパンチを押し、暗くなったので蛍を点
灯させ、ヘッドランプを点ける。さあ、キャンプ場まで頑張って戻りカレーを食べよ
う。

キャンプ場へ戻る途中で、これから鯨墓へ向かう やまさん、そして北村さんたちと
すれ違った。黙々と走っているように見えた。自分との時間差もそんなに無く、後か
ら追いかけられているような妙なプレッシャーを感じた。キャンプ場の食堂で佐田さ
ん、こがみちゃんと一緒にカレーを食べた。少し、塩味が強いなと思ったが汗をかい
た今日の体には美味しく頂けた。胃の調子は良かったが、念のため胃薬を一錠飲んで
おく。

仙崎公園に戻り、いよいよ完踏の目安にしている宗頭を目指す。零時前に着けたら何
とか完踏できるのではと思っていた。暗いし、不案内なので誰かと一緒に行こうかな
と思っていたが、結局独りで出発した。前には蛍の点灯は見えないし、後ろからは誰
もついて来ない。小浜踏切までの道が合っているのかどうか心配になり立ち止まって
何度も地図を確認する。しばらくして小浜踏切を通過。道が合っていると分かりホッ
トする。単調な直線が続く。前にチカチカ点灯する赤い灯りを見つける。自販機の前
に座り込んでいる人。バス停のベンチで寝ている人。みんな、相当に疲れているよう
だ。

午後11時30分頃に宗頭に到着。預けてあった荷物を受け取り、休憩所へ入る。出発を
1時に設定し、それまでに風呂と食事と仮眠をしようと欲張った計画を立てる。風呂
に入り、汗を流す。体のためには湯船に入る方が良いのかどうか迷ったが、寒くなっ
てきたのでどっぷりと湯に浸かり体を温めた。急いで新しいパンツとウェアに着替え
て食事の場所へ行き、お握り2個と味噌汁を頂く。仮眠のために2階へ上がると時計
は既に零時を10分程過ぎていた。携帯の目覚ましを零時50分にセットして眠ろうとし
たが、アラーム音のことが気になる。大きな音で鳴らすと他の人に迷惑だし、バイブ
モードはやったことがないができるんだっけと携帯をいじっていたら目が冴えて来て
しまい、眠れそうにない。10分程ウトウトしたかどうか?もういいやと諦めて出発す
ることにした。

出発を決めてからも出るまでにやたらと時間を食っている。特に何をしていたという
のでもないのに玄関でシューズを履いたのは1時前だった。紐を結んでいると「中野
さん」と呼ばれた。顔を上げるとふきこさんが居た。今着いたとのこと。着替えをす
ると言って中へ入って行った。その後すぐに、北村さんとひろっさんが到着し、バタ
バタと中へ入っていった。外へ出るとこれから出発する3人が一緒に行こうと言って
くれる。隣の酒屋さんの自販機でコーラを買い、歩きながら少しずつ飲む。藤井酒店
までの3キロは全部歩いた。藤井酒店で6つ目のパンチを入れる。藤井酒店から国道ま
での上り道はかなり急な坂が多く、歩きもゆっくりになった。ゆっくり歩いていると
眠くなる。錯覚なのか幻覚なのか隣に誰かが並んで歩いているような気がして、そっ
と横を見る。当たり前だが誰も居ない。そんなことが2回あった。

国道まで出ると更に鎖峠まで上りが続く。道端で赤い点滅灯があったのでライトを照
らすと2人が横になって仮眠していた。自分の眠気は不思議に無くなっていた。一緒
の2人組から先に行ってと言われ、もう1人と一緒に早足で歩く。鎖峠を越えてから
はゆっくり走り始めた。少し、ペースを上げると一緒の人の足が急に痛くなったとス
ピードを緩めたので、再びペースを落として走る。三見駅への分岐を過ぎたところで
先へ行って下さいと言われ徐々にペースを上げた。

三見駅に着き、7つ目のパンチを入れる。この後は河内第一踏切を渡り、一本道の
真っ暗な山道を走る。道が合っているのか不安だったが、淋しい山道のため立ち止
まって確認する余裕が無かった。ひたすら走るのみ。突然、前方に灯りが見えて誰か
いる。こんな山道に誰だろう?と一瞬立ち止まってよく見ると大会関係者の様子。山
の中でエイドを出して待っていてくれたようだ。淋しい山道をビクビクしながら走っ
てきたので人の顔を見て安心した。暖かい飲み物を頂き、お礼を言って先へ進む。更
に2つ踏切を渡ると海沿いの道に変わった。折角の景色が暗くて見られないのは残
念。遠くに萩城跡の山の形が見えている。いつか明るい内に通過したいと思った。

玉江駅に着いたのは5月4日4時40分。中に入るとこがみちゃんと佐田さんが休んでい
てびっくり。後にいるののかと思っていたら先行してしたんだ。ひょっとしたら宗頭
では休憩を取らなかったのだろうか?こがみちゃんは相変らず眠そうな様子。かなり
疲れているのか普段と異なり終始無言。お先にと言いながら出発して行った。このエ
イドでは小さく切ったパンを何切れか頂く。暖かい飲み物も頂いた。5分程休んで笠
山へ向けて出発する。

これからの道は昨年140キロで経験しているので余裕があった。時間的には昨年より
約2時間早く玉江駅を通過している。140キロと時間の比較はできないが、完踏の目安
にはなるだろう。数分走ったところで朝の定期便が来た。玉江駅で済ませておけばよ
かったなあと思いながら走っていると綺麗なトイレが目に留まる。観光客用のトイレ
だろうか?久々にゆったりとしたトイレ時間を過ごす。用を済ませて顔を洗いリフ
レッシュ。さあ、もう少しだ。頑張るぞー。

「おはようございます。ごくろうさまです」と声を掛けて140キロの人が軽快なピッ
チで追い抜いて行く。萩まで来た安堵感と爽やかな朝の空気が体を勇気づけてくれ
る。萩城跡を横目で見ながら通り過ぎ、菊ケ浜沿いの道路に出る。朝の散歩をしてい
た人に「どこから来たの?」と尋ねられた。何と答えたら理解してもらえるか考えた
が適当な言葉が出てこない。一昨日の夕方に山口を出て県内をぐるりと走って来まし
たと言っても普通の人には通じないかもしれない。

萩焼会館前を通り過ぎる辺りから笠山から戻る140キロ、250キロの人とすれ違う。軽
く手を上げ、会釈を交わす。笠山が見えてきた辺りで、前方に、こがみちゃんを発
見。佐田さんが先導し引っ張るように歩いたり、走ったりしている。余りに眠そうに
しているので追い抜き際に顔の前でパーンと大きく手を打った。「こがみちゃん!起
きろ!」と声を掛けると一瞬驚いた様子だったが余り効き目はなかったかな。

笠山への上りはさすがにきつい。みんなもぞろぞろ歩いていたので後について行く。
頂上の広場で8つ目のパンチを入れる。残りは虎ケ崎と東光寺の2つになった。足の筋
や間接が痛くて急な下りはそろそろと歩くように走る。元気なら何でもない虎ケ崎ま
での道が遠く辛く感じてしまう。虎ケ崎では到着のチェックを受けた後、食堂に入り
朝食を頼んだ。川尻と青梅島キャンプ場でカレーを食べたのでうどんにしてもらっ
た。椅子に座ってからパンチを忘れているのに気がつく。危ない危ない。慌てて外に
出て、9つ目のパンチを入れた。

食べ終えて、胃薬を一錠飲んで出発。大きな道に出るまでは足元が悪いので歩いた。
後ろから来た人に道を譲ろうとしたら、「ここでリタイヤするからいいよ」と言われ
た。まだ時間はあるし、そんなに元気なのに勿体ない。何故なんだろうと顔をじろじ
ろ眺めていたら、先へ行ってしまった。遊歩道から下りて、最後のチェックポイント
の東光寺へ向かって走り出す。前方からはまだ多くの人が走ってくる。再び、すれ違
う度に挨拶をしたり、励ましあったりの短い言葉を交わす。くーさんが来た。まだ元
気そうな様子。「中野さんも元気そうですよ」と言われ嬉しかった。心配していた北
村さんたちは既に笠山へ向かったとのこと。行き違いになったようで残念だった。

萩焼会館前を左折すると道が去年と違っていた。矢印が新しい大きな道の方を指して
いる。少し遠回りになるなと思ったが、そのまま新道を真っ直ぐに走り松蔭神社の前
の交差点を左折して川沿いの小道に出た。この小道がダラダラと長く感じ、東光寺が
なかなか見えて来ない。最後は歩きながら5月4日午前8時40分に東光寺に到着した。
最後のパンチを済ませ、いよいよ残り35キロの帰路につく。アクシデントがない限り
完踏できると思い、余裕も少し出てきた。松蔭大橋の手前で何本目かのコーラを買
い、飲みながら橋を渡る。御許町交差点を左折し、国道を南下する。走れるうちは走
ろうと思い狭い歩道に神経を使いながらゆっくり走る。

萩市街を抜け、変電所を右に見て細い道へ入る。前からは70キロ、35キロ、ウオーキ
ングの部の人たちが湧くようにどんどんやって来る。すれ違うたびに、拍手を頂き、
「ごくろうさまでした」と労いの言葉を掛けてもらった。ありがたいが、余りダラダ
ラした格好を見せられなくなる。前から誰も来ないのを確かめてホッと息を抜いて
ゆっくり歩く。萩有料道路の料金所まで延びる長い坂道は見ただけで歩こうと決め
た。ヨイショヨイショと早足で上る。

道の駅にはGW中のため大勢の観光客がウヨウヨしていた。冷たいものが食べたくな
り、バニラモナカを買い、少しずつかじりながら往還道へ入る。前からどんどんと
やって来る人が多過ぎてすれ違うのに苦労する。足場を確保して、挨拶をしながら、
モナカをかじりながら少しずつ進んだ。森を抜け川沿いの道をしばらく走り、明木の
エイドに10時40分到着。

明木では小さな饅頭のようなお菓子を頂き、水を飲んですぐに出発した。すぐに昨年
眠くて苦しかった一升谷の長い上り道である。今年は大丈夫かなと少し不安になる。
前からは相変わらずウオーキングの団体が次々にやって来る。ひとりひとり全員が挨
拶してくるのでこちらも大変である。おかげで眠くなる暇がなかった。最後は挨拶が
億劫になる程だったが結果的には睡気防止になったようだ。

釿切で一旦国道に出て坂道を歩く。昨年、コーラを飲もうとして炭酸系が全部売り切
れで、がっくり座り込んだ自販機の前を通り過ぎる。再び往還道に入る。昨年、どう
しようもなく仮眠した落合の休憩小屋の横を通る。まだ前へ進む気持が強い今年は昨
年と比べ大変な進歩だと嬉しくなる。長く急な坂を駆け下りてしばらく歩き、佐々並
に到着。12時30分過ぎだった。

昨年は食べ尽くされて無かった佐々並豆腐が食べられた。思っていた以上に美味し
い。もう一つと思ったが、後から来る人の分にと我慢する。残りの距離は14キロに
なった。板堂峠までの上りがあるが、全部歩いても時間内には瑠璃光寺に着けるだろ
う。足裏と膝、それに太腿も痛い。無理せずに確実に完踏を目指すことにした。

佐々並を出て国道を歩く。さっきから横を通り過ぎる車の音の聞こえ方が普通ではな
いと思えてきた。景色の見え方にも何か違和感がある。どこがどう変だと具体的には
言えないが何かがおかしい。さっきまでと違う音の聞こえ方、景色の見え方に急に変
わった気がする。幻覚が聞こえ、見えているのか?ふらふらと眠気も催してきた。危
険信号かなと思った時、遠くに手作りのヨモギ餅をご馳走してくれるお婆さんの小屋
が見えた。よーし、あそこまでノンストップだと気合を入れ直して走り出し、眠気を
振り払った。

今年もヨモギ餅を食べることができた。お孫さんだろうか?男の子が人懐っこく、お
しゃべりをしていた。お母さんらしき人が、あんたは何でもしゃべり過ぎると叱られ
ていた。家族揃っての「もてなし」に感謝し、板堂峠へ向かう。夏木原キャンプ場を
過ぎると道は一段と急になってくる。こんな道を誰が作ったんだろう。もうちょっと
考えて、緩やかに設計できなかったのかと隣を歩く人に賛同を求めるとウンウンと頷
いてくれた。

峠への取っ付きに到着した。案内の人に挨拶をして階段を上る。自分では足を上げて
いるつもりでも思うほどは上がっていない。石段の上端に、つま先が引っ掛かり転び
そうになる。体は相当に疲れているんだと実感した。峠からの下りも一苦労だった。
足裏が痛く膝が心配なので、柔らかい土や落ち葉のあるところを探しながらそろりそ
ろりと下る。覚えのある笛の音が聞こえてきた。昨年と同じ場所で笛を吹いている
人。我々を励ましてくれているのだろうか?

最後の石畳を終えて天花畑の平らなアスファルト道路に下り立った。ダムの横を通
り、下り坂になってもゆっくりとしたペースで走る。もう完踏は間違いないだろうと
確信した。今までの苦しかったことはすっかり忘れてゴールではどんなポーズを取ろ
うかといろいろ思いをめぐらし、胸が熱くなる。天花橋を渡り左折し、いよいよ残り
僅か700メートルだ。2人が前を走っていて追い抜こうかどうかと迷ったが、思い切
りペースを
上げて追い抜いてしまった。どこに、こんな力が残っていたのかと思う。もう最後だ
と思うと不思議な力が湧いてくるようだ。右折して瑠璃光寺への最後の直線をグイグ
イとストライドを伸ばして駆け上がる。沿道からの声援で更に加速。最後は門前の観
光客の間をすり抜けて一気にゴールに飛び込んだ。

出発からゴールするまでの苦しかったけど充実した約45時間。まともに眠らずに二昼
夜も動き続けられるのかという不安があったが、こうして無事に帰ってくることがで
きた。先ずは丈夫な身体に産み育ててくれた父母に感謝したい。今回は最初から最後
まで気持が後ろ向きになる時が無かった。出発前に誓ったとおり、いつも心は斜め15
度を維持できた。アップダウンの厳しい萩の250キロを完踏できたことは大きな自信
になると思う。間接と筋肉はガタガタでボロボロに痛んでいるのだろうが気持はス
カッと爽やかな新緑気分で一杯だった。

北村さん、ひろっさん、ふきこさんは3人一緒に完踏のゴールを果たし、いの組の目
標は達成された。ゴール時の3人の顔には達成感が溢れ、実に嬉しそうな表情だっ
た。くーさんも堅実な無駄の無い走りで見事に完踏した。そして、佐田さんと一緒
に、こがみちゃんも。やまさんは足を痛めたようで無念のリタイヤ。その代わり、萩
の町を自転車で駆け回り観光と応援を楽しんだらしい。140キロのくぼさんは実力ど
おりの快走を見せてくれた。来年は250キロを爆走してくれるだろう。みんながそれ
ぞれの萩に満足し、もう来年の萩を考えているように見える。本当に逞しい人達だ。
もっともっと逞しくなって、いろんな萩の走りを楽しみたい。来年も瑠璃光寺で萩の
仲間と笑顔の再会ができるように精進しよう。

以上
       
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