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「2005 サロマ湖100Kウルトラマラソン奮闘記」  中野 淳一           

 

 

「お父さん、今何処にいるの?!」携帯から聞こえる娘の声。GTメールの着信が70キロで途切れてしまい、途中でぶっ倒れて救急車で病院へ運ばれたのではとみんなが心配していたらしい。ランナーズの配信サーバーのトラブルが原因だったが、一歩間違えば本当に娘の心配どおり病院に運ばれていたかもしれない。強い陽射しと睡魔に悩まされた今年のサロマだった。

4時前に湧別町体育館に到着。サロマの朝は早く、木々の間から太陽がチラチラ顔をのぞかせている。今日は暑くなるぞと覚悟を決めた。池内さんの完走請負人?湊谷さんとしばし談笑した後、ランマツさん御夫婦にばったり出会う。いつも揃いのウェアが決まっている。夫婦でウルトラなんて実に羨ましい。  

高石友也さんの挨拶に続き、間寛平さんの挨拶。寛平ちゃんのテレビのまんまのヒョウキンにみんなが爆笑してスタート前の緊張がほぐれた。池内さんと並んでスタートの合図を待つ。今日は前半を抑えて40キロ辺りまでは一緒に行こうと思っていた。5時丁度、合図と共に一斉にスタートする。トップ選手が5キロレースのような勢いで飛び出して行く。やがて前の集団が動き出し周りのランナーに合わせてゆっくりと走り出す。早朝の冷気の中でタッタッタッと足のピッチが心地良く感じる。少し走って池内さんの気配が無いのに気がついた。振り返るが姿が見えない。あれペースが速すぎたのかな?

10キロ地点通過は57分、池内さんがいない理由が分かった。予定より少し早すぎた。暑くなることを考えると前半はもう少し抑えた方がいいのかなと悩む。竜宮台を折り返したトップ選手がもの凄い速さで駆け抜けていった。あのまま100キロを走りきってしまうなんて!とても信じられなかった。

畑や牧草地帯を真っ直ぐに伸びる道路を黙々と走る30キロ付近。陽射しが強くなってきた。10キロ毎のペースは58分〜59分で落ち着いている。前半は抑えてこのペースをキープしよう。35キロ付近でクレージー福井の野坂さんに追いつく。女満別からツアーバスに乗り合わせて同じホテル泊だったのに声を掛けたのはこの時が初めて。自己紹介をしながら少し並走したが、彼女のペースが遅く感じたので先に行きますと別れた。

40キロを過ぎて月見ケ浜に入るころから急に体が重くなってきた。水の飲み過ぎなのか胃が重たく食欲が無くなっている。50キロ通過。この10キロは60分掛かっている。ペースが落ちてきた。拙いぞこれは。

後半への不安を感じながら55キロのレストステーションに着いた。食欲は無く、ホタテ入りおにぎりには手が出ない。水分を補給しウィダーを1ケもらい、簡単なストレッチをして後半戦への坂を登り始めた。走りながらウィダーを口にするが美味しくない。それでもガス欠になっては拙いので無理に胃の中へ流し込んだ。

60キロ辺りから少し眠気を感じ出した。危ない状況になりつつある。ふらふらと少し蛇行が始まる。近くに誰も居ないのを確かめて眠気覚ましに大声を出してみる。65キロのエイドでは椅子に座り、少し休んだが相変わらず眠い。ふらつきながらブツブツ独り言を口走りながら走る。見覚えのあるランナーが追い抜いていったので声を掛けた。過去2回、サロマで同宿だった大阪の宮埜さんだ。サブ9も可能なくらいの練習を積んでいたのに直前のアクシデントで体を痛め、無理ができず完走ペースで走っているとのこと。二言三言言葉を交わした後、力強い足取りで先へ行ってしまう。ついていけない自分が情けなかった。

 

 

 

 70キロ通過。この10キロは90分以上掛かってしまった。「お汁粉まで後2キロ」を過ぎ、「もうすぐお汁粉」を過ぎて、やっとの思いで鶴雅リゾートに着いた。早速お汁粉をご馳走になる。食欲が無く何も受けつけないはずの体が、お汁粉だけは違った。何杯もお代わりしたいところを後から来る人達の分を考え、グッと堪えた。この後も、ふらふらと睡魔と闘いながら走り続けるのは辛い。思いきって仮眠を取ることにした。日陰で、ゆったりと椅子にもたれ10分程眼を閉じていた。眼を開くと随分と楽になったように感じた。ストレッチをしてワッカ入り口を目指し走り出す。徐々にペースが上がってくる。全身で調子が回復したのを感じ、独りニヤリと嬉しくなる。  

ワッカ入り口付近で後から声を掛けられた。昨年のサロマツアーで一緒だった竹上さんだ。眠くて仮眠を取ったことを話すと「その方が無理してふらふらするよりタイムは良くなりますよ」ウルトラの仙人と尊敬する方の言葉に納得する。

ワッカに入り80キロ過ぎでポカリさんとすれ違う。今日は調子が悪く撃沈ですと悔しそう。それでも楽々9時間前半で走り切るのだから凄い。ワッカの森を抜けるとオホーツクの海がドーンと迫ってきた。打ち寄せては砕ける白波に自然の雄大さを感じ暫し見とれてしまう。原生花園の中は追い風のためか無風状態になり異常な蒸し暑さを感じた。そのせいか?また眠気が襲ってくる。タイムは既に諦めていた。無事に完走することだけを考え、85キロのエイドで椅子を借り、5分程の仮眠を取った。時間は、まだまだたっぷりある。後ろから池内さんが追いついてきたら一緒に行くつもりだった。

 ワッカ折り返し手前にあるエイドで野坂さんを見つけた。声を掛けると元気そうな福井訛りが返ってくる。彼女は折り返しが済んでいるので小生より3キロくらい先を走っていることになる。途中で仮眠中に抜かれてしまったらしい。無念だ。

 ワッカ折り返しを過ぎ、復路に入ってもペースは上がらない。眠気は無いが足が動かない。残り7キロ辺りで後ろから竹上さんの声。ずっと前にいると思っていたので驚いた。膝の調子が悪くてワッカの小さなアップダウンが辛いようだった。

前から池内さんが来た。大阪の湊谷さんと一緒に走っている。声を掛けると笑顔が返ってきて、90キロの関門通過も完走も大丈夫のように見えた。(ゴール後に聞いた話では、池内さんはこのとき睡魔との闘いで苦しさの極限状態にいた。リタイアして楽になることばかりを考えていたらしい。実際、ゴール後には芝生の上に大の字で眠り込んでしまった)

 池内さんと別れた後の軽い下り坂で少しペースを上げてみた。意識的に腕を振る。不思議に足に力が戻ってきた。忘れていたタッタッタッのリズムで体が動き始める。

残り4キロ、3キロ、そしてワッカを出る。残り1キロからの見慣れた風景が眼に映る。99キロ走ってきた後の1キロは不思議と心が安堵する。沿道で応援する人にも素直に「ありがとう」が言える。荒行を終えた禅僧の心がどんなものかわからないけど、もしかしたらそれに近い心境なのかなと思う。フィニッシュラインを通過し、メダルを首に掛けてもらう。ホッとするこの瞬間にウルトラ完走の幸せを感じる。体はガタガタでも心は満足感一杯だ。そして、また来ようと思った。

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